脱ゴーマニズム宣言裁判を楽しむ会議室
1998/04/19(02:14) from 202.211.65.156
作成者 :悟のぱぱ(ymaeda@ps.inforyoma.or.jp)
あれくさんへ。国際法と証言の信憑性問題。
どうも、あれくさん。
お互い電光石火のようなレス合戦ですね(^^;

>そう言うきちんと裁かれた例もありますが、それを持ってそれが違反のすべてであるという保証はないわけで、その例に漏れた例がある事が予想されるために、きちんとした決着をつける必要があるわけです。その一つが白馬事件です。これは結局終戦まで関係者の処罰を行なわないという杜撰なものでした。結果終戦後の裁判によって解決はしていますが、結局のところ日本が裁いたわけではありません。こういう事実もあるのです。

そうですね。それは認めます。
ただ、それが違法行為でなかったというわけではなく、違法行為だったが、裁かれなかったということですよね。
ですから、それを処罰しなかった軍法会議の責任は重大ですね。それとこの点は重要なのですが、これは国際法上の問題以前に、日本の陸海軍刑法上の問題なのです。(軍務に服している者に対しては、当然日本の国内の刑法ではなく陸海軍刑法が適用されますから)

国際法違反を日本が放置したということをあれくさんはおっしゃいますが、実は、国際法違反が裁かれるのは一般的に敵国、或いは国際裁判所(例えば東京裁判です。結局複数の敵国って違いだけですが)によってです。例えば、便衣兵(ゲリラ)というものはハーグ陸戦協定で禁止されていますが、それを自国の裁判で裁いたという例はありません。それを裁くのは敵国側です。
この点は、東京裁判を見れば明らかでしょう。ここで裁かれたのは日本の国際法違反のみです。(内容の酷さはあえて述べるまでもないですが、事後法による裁判というものは、罪刑法定主義に反します。文明国のやるべき事ではない。まあ、マッカーサーがしようとしたのは結局国際法に名を借りた復讐ですから、文明的でないのは当然ですが)

戦勝国の戦争犯罪を挙げましょうか?
アメリカの例でいえば、原爆投下、東京大空襲を初めとする市街地への無差別爆撃(東京大空襲のとき、命令を受けたB29の搭乗員たちは、一瞬色めき立ったそうです。国際法違反との認識はあったわけです)。
これらは重大な戦争犯罪で、戦争のやり方におけるまったく悪しき先例であり、きびしく糾弾されるべきものですが、東京裁判で裁かれたでしょうか?

さらに、中国の例。
廬溝橋事件の三週間後に起きた通州事件です。中国の保安隊が「計画的に」無防備の日本人居留民を260名以上惨殺しています。
第二次上海事変においては、蒋介石は上海の租界を封鎖し、第三国人も含む一般市民が入っているホテル、避難場所そのほかを爆撃しています。千人以上の死者とほぼ同数の負傷者が出ています。
これは明らかに国際法違反、否、戦争犯罪です。

日本が国際法違反ということでよく言われるのは捕虜の虐待ですね。
しかし、実は、日本は国際法に則って捕虜を受け入れたがために捕虜虐待をしたという汚名を着せられているという点を忘れてはいけません。例えば「バターンの死の行進」なども、捕虜とともに日本軍も歩いたのです(しかも武装して!)。食糧事情が悪かったのも、日本軍全体の補給問題、生活水準です。
それに対して、アメリカのとった方針は驚くべきものです。
「捕虜にすると面倒だから、捕虜を受け入れなかった」のですよ。それが何を意味するかは解りますよね。捕虜問題は確かに起きません。しかし、投降したした兵士をそう見なさず殺すというのは捕虜虐待を超える戦争犯罪です。(日本軍に玉砕が多かった一因と考えられます)

さて、私がこうして、本論からはずれている戦勝国の国際法違反というものを敢えてここで提示したのは、あれくさんが、国際法違反をかなり重大に捉えていると考えられるからです。日本が白馬事件において国際法違反の行為に対して処罰をしなかったと言うことをそれほど大きな問題とするには世界は臑に傷を持ちすぎです。
あれくさんは、上記のより重大な国際法違反についても、同時に謝罪を求める姿勢を持たねば公正とはいえません。
少なくとも、原爆投下が国際法違反で第二次大戦中もっとも大きな戦争犯罪であったということには異論はないでしょう?

>ただ、私の目的は日本に性犯罪国家の汚名を着せる事ではありません。
>事実をきちんと見極める事です。

あなたがどう思っているかは重要ではないんです。性犯罪国家であるという汚名は既に着せられています。それに値することならば、賠償を含めた謝罪をし、そのレッテルに甘んじなければいけませんし、そうでなかったらその汚名は返上しなければいけません。あなたがどう考えようと、日本に対してそのレッテルはすでに貼られています。このままでいいのかいけないのか、それが問題なのです。それをどうお考えでしょうか?

次に白馬事件に対する吉見教授の見解についてですが、

>1)関係者の処罰を行なっていない。
>2)閉鎖の際、女性を元いた収容所ではなく別の「孤立した」収容所に移した

>人道的見地で処罰が行われたのならこれらは行なわないはずですがどうでしょうか?それとも何らかの人道的理由があるのでしょうか?

なぜ「孤立」させたか、その理由は私にはわかりません。
吉見教授は、「孤立」させたということで、「戦後」国際問題が発覚しないようにしたと推測なさったわけですね。これは無意味です。学者の意見とは思えません。大笑い。だって、戦後、解放されたら誰とでも何でもお話出来るじゃないですか。事実、表沙汰になったわけでしょう?考えてみてください。現地の日本軍が人道的見地を持たず、発覚をおそれただけならば、ずっと簡単で確実な方法があるでしょう!
要するにこの問題で、吉見教授の言っている事は日本の行動を悪意に解釈しようとしてるだけなんだからダマされてはいけません。普通に考えれば私の言っていることが当たり前でしょ?
歴史の真実をきちんと見極めようと思ったら、日本=悪という固定観念に縛られてはいけません。こんな無意味な説を自分の中で吟味しないあたり、あなたにはちょっとその傾向、ありますよ。

>それからヨーロッパ人とアジア人の差別についてですが、これはちょいと長くなります。簡単に紹介しますと当時国際法には強制的に慰安婦とする事は禁止する旨の条約があったのですが「植民地には適用しなくても良い」という条項を利用して植民地・占領地に対してはその適用が甘かった節が見られます。

いえ、これは違います。朝鮮にも、日本の刑法は適用されていましたし、判例もあります。そうなると、先ほどと同じで、国際法上の問題以前に、日本の刑法上の問題なのです。つまり、国際法上の「植民地除外規定」などという紳士協定以前に日本の刑法上の犯罪なのですから、犯人が「ここは植民地だ!国際法上問題ない!」といっても、「あ、そうかい、そりゃよかったね。でもこの国じゃ犯罪なんだよ」でおしまい。

>何より多くの慰安婦が強制連行によって連れられたと証言している事はそれを裏付けるのではないでしょうか。

それは反対で、これらの慰安婦の証言の裏付けをとるための議論なんですよね、これは。
慰安婦証言の裏付けが慰安婦証言だって言ってることになりますよ、これじゃ。

>もちろん、ちゃんと裁かれた例もあるのは悟のぱぱさんのご指摘の通りですが、それからもれたとする元慰安婦達の訴えがある事も忘れてはなりません。

それは、問題が別です。発覚しないと裁けませんよ。警察や裁判所の能力を問題にしているんですか?

>以上の事はご賢察の通り「従軍慰安婦」を中心にしたものですが、「軍が強制連行による慰安所を認めていなかった」とします悟のぱぱさんにアンチテーゼを提供するつもりで紹介しました。かなりご不快に感じられたようですが、もちろん偏っている事は承知の上です。紹介しといてなんですが私もこの解釈はかなり苦しいと思います(^^;)。

苦しい解釈をわざわざ持ち出す必要などないでしょうに。自分でも納得できない解釈を無理に述べる意味はなんですか?ご自身で納得した上で、持ち出すべきです。そうでないと、上のような吉見教授の無意味な言説を垂れ流すだけになりますよ。

>もしも仮にこの事件で警官は乱射した警官が何の咎めを受けなかったらどうでしょう?
>白馬事件とはそう言う例だと思います。何しろ当事者が処罰されていなかったのですから。多分、警察全体の問題になり、国家間の問題に発展する可能性があると思いますがどうでしょうか?白馬事件は解決はしましたがそれが日本人の手によるものではないことに注意すべきです。

処罰されなかったら国際問題でしょうね。しかし、それは通常の状態ではあり得ません。法治国家ですから。
例えば、アメリカと交戦中に警官が捕虜のアメリカ人を射殺したとして、そのとき裁かれなかった。それが、戦後、国家が責任をとって賠償することになるか?と言い換えましょうか?
私が言いたかったのは、一個人の犯罪はどこまでその組織の責任となるかという論点で、対外的なものであれば、国家全体が責任をとらなければならない可能性があるのかってことです。
大蔵官僚の汚職は純粋な国内問題ですので、ちょっと違うと思ったもので。

>「罪を認め、反省したら日本に帰してあげます」として反省を促したとするならそうした事実があるのか、そうならばきちんと証拠を持って教えて欲しいという事です。私は知らないのです。またそれによって虚偽が入りこんだ確信があるのかという事もそうです。もしないのなら偏見ではないのですか?

>重要な事は、多分当時はこうだったのだろうとかってに憶測するのではなく、きちんと証拠を探して説明する事だと思います。それが歴史考察だと思います。いわんや悟のぱぱさんは先に私の「憶測文章」にお怒りになられました。ならば私の言いたい事を察して頂けると思うのですが。

ですから、下で反論しますが、それが、三光作戦だったり、強姦集計表だったりするわけですね。
怪しい、と私は判断したってことです。

一言言わせて頂きますが、あなたの姿勢では結局真実はなんにも解らないという結論で終わりかねません。どこかで、おれはこれを選択するという食いきりをした方がよいのでは?あなた自身の判断というのはないのでしょうか?全て断定はできない、疑問は残る、そういう考え方もある、調査を待つ、それではなにも前には進みません。
私は何もなんら一般的におかしい事を主観として言っているわけではありません。
一般的に戦犯管理所で管理された人の証言を鵜呑みに出来ないというのは、当たり前のことだと思うのですが。
つまり、「緩やかで自主的に反省できる環境」というその証言を含めて。
私の地元の新聞もおおむね肯定的に書きながら「ただし検証は必要」というスタンスでした。それは、戦犯管理所という特殊条件を勘案したら、バランス感覚として当たり前の事ではないでしょうか?その当たり前ではないかという部分すらも疑い始めたら、我々は判断能力を奪われたも同然です。すべて証拠様、証言様、書証様になりませんか。現実には、その証拠様と証言様と書証様の間を埋めるのは我々の持つ一般性なのでは?そこが納得行くか行かないか、説得力を持つか持たないか、それが実は重要なことではないですか?
あなたの引用した憶測に私が怒りを感じたのは、それが一般性を持たない、つまり説得力のない言いがかりだったからです。それについては前述しました。

>重要な事は中身に信憑性があるかどうかであり本の題名ではないと思います。とにかく何らかの虚偽があるとするのなら、きちんとした内容に関する証拠を提示して頂きたいです。

私は「三光」自体は読んだことがないのですが、「三光作戦」というものが同じく戦犯管理所での供述から出て来ましたので、おそらくその作戦の事が書かれたものであると推測したのですが、「三光作戦」とは関係ないものでしょうか?
もし関係あるとすれば、前回の私の反論で十分かと思いますが。
つまり、日本軍はそのような作戦を立案・実行などしていないという事です。ですから、中国の戦犯管理所から日本軍の「中国語名の作戦」が現れたってことに対して、私は戦犯管理所が怪しいと「判断」しました。
もし、「三光作戦」の事が内容でないのならば、失礼しました。内容を教えてください。

>例えば「南京大虐殺」をした日本軍だから、国際法を尊守したとは思えないのです。とされたら悲しいでしょう?

ちょっと引っかかるんですが、悲しいでしょう?と聞く主体の人はどういう立場の人でしょうか?
ま、いいけど、「南京大虐殺」も現在、否定論、少数論、持ち上がっていますね。これについて詳述することは本論を離れるので避けますが、私としては、日本が国際法を重んじていた当時の状況から見て、虐殺は便衣兵の処刑と、便衣兵と誤認された民間人の被害ではなかっただろうかと判断しています。(無論、便衣兵が禁止されているのは、こういう形で民間人に被害が及ぶのを防ぐためですので、基本的に便衣兵の側こそ責任が重いと言えます)
そもそも、当時、日中戦争は支那事変と呼ばれ、戦争ではなかったのです。どちらも宣戦布告もしていません。どちらかが宣戦布告した時点で国際法上の「戦争」となり、第三国には中立法規に基づく中立義務が発生しますが、事変の場合はそうではありません。中国国内には日本に敵意を持った第三国の権益があり、居留民も多くいました。その中で日本が、国民党政府との戦闘を有利に続けるためには、国際法を遵守し、第三国の介入を行わせないというのは戦略的にも非常に重要な事でした。つまり、南京虐殺も三光作戦も戦略的には無意味どころか自分の首を絞めるようなものなのです。

>この後、中国に関する悟のぱぱさんの見解もありますがそれも、やはり証言の信憑性を疑う直接証拠にはなり得ません。

いや、廬溝橋事件に関する記述は、証言の信憑性問題というよりも中国共産党の信憑性についてあなたに再考して欲しかったからです。建国したばかりでも決してあなたがいうような健全な国家ではなかったって事です。

>自明問題でもきちんと証拠を立てて調べる。これが一番重要な事なのです。でなければそれは憶測なのです。ですので、その強姦資料についてもきちんと目で見て、あるいは専門家の判断を聞きその上で判断を下したいと思います。おかしいでしょうか?

おかしいです(^^;
自明な問題を証拠を立てて調べる必要性はないんですよ。それが判断ってものです。それを多数の人が支持できる一般性を持っていたらそれで十分です。この場合。
こういう想像をしてください。

兵士Aは、いつも、軍の施設、「強姦所」へ行って中国人女性を犯しました。その時に、彼が必ずするのは、相手の年齢を聞いてそれを集計表に書き込むことです。
その後、彼は中国共産党に捕まり、戦犯管理所に入れられました。当然、持ち物や着るものは全てチェックされます。肌身はなさず大事に持っていた集計表が見つかると大変です。彼は戦犯として処刑されるでしょう。彼はその集計表を口の中に入れて隠しました。そのあと、何年も続く、寛大な、緩やかな取り調べと、自主的な反省の中で、彼は中国の寛大政策に感謝をし、自らの罪を明らかにするべきだと考え、この集計表を提出し、自主的に罪を告白したのです。彼はこの大変な罪のために死刑になることを覚悟しましたが、そこは、さすが中国、寛大政策です。無事に釈放されました。

怪しいですよね。「強姦所」なんて言葉からして怪しいでしょ?まず、強姦所なるものが存在したという証明がないとまずその証言は相手にされませんよね。
集計表作るのも怪しいですよね。集計表をずーっと持ってたことも怪しいですよね。で、提出して罪を認めちゃうんです。
私なら、戦犯管理所に入る前に捨てますね。寛大政策かどうかそのときは解らないですから。(逆に集計表を戦犯管理所内で作ったのだとしたら、完全に捏造ですよねえ)
こんなことも自分で判断してはいけないでしょうか?専門家の判断を待たないといけないことでしょうか?
いや、むしろ、もう専門家も深く考察する以前に、真実ではあり得ないって判断しちゃったから、だーれも見向きもしないんじゃないですか?

で、これら、「三光作戦」「強姦所」などの戦犯管理所からの供述の「怪しさ」から考えると、鈴木中将の証言も最低ラインとして「検証は必要」という表現にはなるでしょうね。
「オオカミが出た」というのが1度は怪しく、2度目はウソ、となれば3度目はこの目で見るまで(証拠がないと)信用できない。

>私も済州島証言が事実を反映していないことを「主張する」時にはきちんとした確証を持っていたしたいと思いますが、現時点においては済州島証言には疑問がある程度です。多いに主観によるものですから要するに乱暴な話「気のせいだよ」と言われれば何も言えないわけです(^^;)。

それなら、事実を反映していないかもしれないという主張をしなければいけない理由はないですね。
それこそ、そういう主張をするという必然性はイデオロギーの問題になっちゃうわけですね。これはあなたのスタンスから逸脱しています。

吉田証言がウソならウソとして正式に韓国に訂正要求をしなければいけません。と私が言えば、

>あれ、またイデオロギーが入りこんでいますね。こと歴史的事実の判定にはイデオロギーを入れるべきではないとしたはずですが。

と答えてますよね。さらにその真偽の問題については、

>結果公平に見ても足りない部分を埋めるのは一人一人の「主観」です。主観は入れるべきではないのですが全ての証拠をそろえた後でなお入れざるを得ないこともあると思います。

かと思えば、戦犯管理所での供述に関しては、

>重要な事は、多分当時はこうだったのだろうとかってに憶測するのではなく、きちんと証拠を探して説明する事だと思います。それが歴史考察だと思います。

>自明問題でもきちんと証拠を立てて調べる。これが一番重要な事なのです。

こういうのってダブルスタンダードじゃないですか?

>同じ事象に対しても上杉氏、
>悟のぱぱさん、スグルさんそれぞれの見方があって「この点はそうだな」「この点は同意できないな」といろいろあるのです。その点から言えば悟のぱぱさんの主張も分かるし、上杉氏の主張も分かります。心情的には上杉氏に近いのですが、決してそれは悟のぱぱさんの主張が説得力が無いとか、分からないとかするものではないです。

それをすりあわせていくのが議論じゃないですか。
そして歴史認識に心情は不要でしょう。
私は、最初、強制連行アリ派から転向しましたが、もし、心情というフィルターを重視してたら、強制連行アリ派のままですよ。おそらく、だれだってそうです。
でも、真実に近づくにはそれではいかんでしょう。イデオロギーを排して歴史の真実を追求する、これはあなたが最初に主張したことです。

あれくさんの反論、疑問にすべて答えようとしたため、ずいぶん長くなってしまいました。
もう少し短くするべきだったと反省してます。
また、前回、今回とかなり国際法、歴史等に関する具体的な記述を盛り込んでしまいましたが、誤認、錯誤があればご指摘ください。

では


前の発言へ 次の発言へ List Index