脱ゴーマニズム宣言裁判を楽しむ会議室
1998/05/02(13:50) from Anonymous Host
作成者 :さとみの恋人(maaji@mail.com)
Re: 管理者の方へ。削除の基準は?
初めて投稿します。今後とも宜しくお願いいたします。
まず、始めに私の立場を明確にしておきますと、私は「謝罪派」の人達には非常に懐疑的ですし、批判する側と捉て戴いても結構です。
最近の小林よしのり氏に疑問を持たれていること自体には、それなりに理解は出来ますが、ことさら慰安婦問題・歴史認識問題等を持ち出しての、彼への批判は、見ていて余り評価できません。理由は後述しますが。

今井恭平 wrote:
>削除の基準は、会議室の入り口に書かれている通りです。
>根拠のない個人への中傷記事は、「激情的」表現であろうとなかろうと削除の対象であることは言うまでもありません。
>また、基準を示している以上、個々の削除についての説明を必ずしもする義務はありません。
>それは、管理者の編集権にもとづくものですから。
>以上です。

この文章は、第三者が読んでも、決して今井さんの立場を有利にする内容とは思えませんが。会議室である以上、当然立場を異にする人達が集う事、それ自体は当然許容されている事と思います。しかし、「根拠の無い個人への中傷」と表現し、投稿を削除するなら、やはり、どの部分が、その「中傷」に当るのかは、明示された方が宜しくないですか。残念ながら、件の中宮さん投稿は、私自身読む事が出来ません。基準や判定する権利は、今井さん自身にのみあるという事ですね。それでは、貴方自身の全くの「独断」により、投稿が削除されてしまう訳ですから、前文に有る「建設的・前向き」の精神に反するのでは無いでしょうか。少なくとも、自分だけが「基準」の持ち主であると思われ、自らの基準を逸脱していれば、根拠も示さずに削除をする。今井さんの標準から外れれば、削除されるわけですが、これの何所が「建設的」なのでしょうか。少なくとも、貴方自身の思考範囲までの建設性な訳ですね。最初から限界が設定された議論を、建設的と見る人は余りいないと思いますが。「基準が明記され、管理者の編集権に基づかれた削除に説明は要らない。」のでしたら、前文には、「あくまで管理者の裁量権が全てに優先されます。それに対し説明を求められても、一切お応えしません。」と書かれた方が宜しくないでしょうか。せっかくの投稿が、ちょっとした表現意図の違いや、解釈の食い違いでも削除されかねないのですから、まずは前文に謳われた方が宜しくないでしょうか。少なくとも、投稿する人達に対する、礼儀にも通じていると思いますが。
「管理者がル−ル」というのも解らないでも無いです。しかし、「悟のぱぱ」さんや、「Red Devil」さんからも、それなりに異論が出ておりますので、削除の根拠には、それなりに興味が湧きます。「何所が」位は、削除された側への説明という意味でも、示された方が宜しくないでしょうか。
私は、とりあえず「自由主義史観」の方々を支持しておりますが、筋の通った話であれば、当然立場を異にする方でも支持します。現在の所、「謝罪派」の方々よりも、自由主義史観の方々の方が、論点も明確だし、論証や疑問に対する姿勢に「真摯さ」が見られるので、この様な立場です。しかし、それもどう変わるか、解りません。なぜなら、この議論自体が、未だ論戦中の議題だからです。そういう意味では、あなた方の投稿には、それなりの興味を持って、拝読させていただいておりますが、あまり進展は見られませんね。さらには、件の態度ですから、小林氏言う所の「異論をポアする」というコマを思い出してしまいました。別に「異論をポア」した訳ではなく、「ル−ル違反」だとおっしゃってますから、この表現は適切では無いでしょう。しかし、今のままですと、「煮え切らない思い」をしている人も多いと思いますよ。中宮さんの投稿が、この会議室のル−ルにそぐわない。それに対して「説明の必要無し。」では、先のセリフを思い出す人も、私だけでは無いでしょう。決して無理にとは言いませんが、「会議室」自体は、開かれた議論の場という意味合いも、おありでしょうから、一つ今後の議論の為にも、明示されては如何でしょうか。

>悟のぱぱ sann
>wrote:
>>先日、上杉さんの投稿へのレスとして、「週刊言志人」の中宮崇さんの投稿があったので読みました。
>>その後、この会議室を訪れたら削除されていました。
>>彼は当然メールアドレスも明らかにされていましたし、激情的な表現をしていたとも思われません。

この様な内容を読みますと、中宮さんの投稿・「批判・反論」が、礼を失していたのでしょうか。それとも、「友愛の精神」が見られなかったのでしょうか。今となっては、私に知るすべはありません。しかし、「ル−ルは自分」的な姿勢の元、根拠も明示されずに、投稿を削除されてしまっては、「友愛の精神」という言葉自体が、なんだか寒々としてきてしまいますが、如何でしょうか。それとも、こんな感じ方自体が、私特有の感じ方で、決して普通ではないのでしょうか。

最後に、文頭の説明です。私自身、小林氏の著作は「SPA」時代から愛読しております。今、彼を批判している方々は、当時は彼を随分持ち上げていたように身受けられましたが、彼自身のスタンスが、そういった方々と乖離するに従い、随分ヒステリックな批判を、するようになっていった様に感じます。
結局、彼自身が役に立つ立場で無くなったから、「敵視」するように感じられたのですが、これは私自身の、勘違いの類でしょうか。決してそうでは無いと、想いますがいかがな物でしょうか。これは、今後の議題にさせていただきます。

最後に、私自身仕事で余り来れませんが、なるべく「建設的」なる議論を期待して、こちらにも顔を出させていただきます。今後とも宜しくお願いいたします。


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