脱ゴーマニズム宣言裁判を楽しむ会議室
1998/05/11(23:54) from Anonymous Host
作成者 :スグル(series@anet.ne.jp)
関釜判決は矛盾が多かった&今井さんへ
久々の投稿になります。スグルです。4月27日に関釜裁判の判決が出ましたが、この日はちょうど「脱ゴー宣裁判」と同じ日という偶然。何やら因縁を感じる裁判でしたね。

さて判決内容ですが、極論から言いますと、あまりの説得力に乏しい判決でした。判決内容を見る限り、被害内容について全く裏付けを取らないばかりか、ダマしたのは誰か?という明確な主語が存在しないという非常にあやふやな論理展開です。国側は判決を不服として控訴しましたが、議論はまた活発化しそうですね。
今井さんを含め多くの人々がこの判決に「画期的」という評価を与えていますが、果たしてそう言えるものだったでしょうか。僕には疑問です。

産経新聞でも指摘されていましたが、権力が1つに片寄りすぎないための「三権分立」のもとで、なぜ政府の「談話」で国会に立法義務が生じる、などと言う論理が導き出されてしまうのでしょうか。
確かに三権は完全に独立している訳ではなく、行政と立法は密接に結びついているし、司法も立法・行政に対し干渉する事はできるようになっていますが、国の政治組織の原理として互いに独立し合っているはずの機関に干渉を加えるためには、それなりの「根拠」が必要であるはずです(と言うより裁判なら当然のはずなのですが…)。今回の判決の根拠となった河野談話の内容は一方的な証言の聞き取り調査のみから成り、裏付けも全く行われなかったという不十分なもので、最近ではほとんど論争でも見かけなくなってしまったシロモノ…。そのようなズサンな内容に全く触れず、単に謝罪の事実だけを汲み取るなどという事は、行政(の権威?)を安易に利用したに等しい、と言えるのではないでしょうか。
被害者側の提示した有力とされる証拠は証言のみ、そしてそれを受け入れる根拠とされた談話の内容もまた裏付け無しの証言のみで作られたもの。ハッキリ言ってこれでは説得力がありません。極めて矛盾した不当な判決であり、三権分立の精神を踏みにじる行為(と言うよりほとんど暴挙)であったのではないでしょうか。超法規的措置にも近いところですね。
それと今井さんは下のように言っておられますが、

>貧困や、教育が受けられなかったことの認定の背後には、日本の植民地支配による苛斂誅求や土地収奪、文化破壊が当時の朝鮮の貧困や、人々の教育からの排除を生み出したという歴史認識がなければならないのは当然であり、こうした歴史的事実を無視して、一般的な貧困や無教育の問題に解消し、日本人の娘も売られた時代だから、として他民族抑圧という異なる性質の問題を合理化しようと言う自由主義史観派なる連中の無思想ぶりを嘲笑する内容になっていると思います。

う〜む、まるで自由主義史観派が極悪非道な人間の集まりであるかのような物言いですね。しかしそこまで日本をボロカスに言う今井さんの発言もかなり無神経に思いますが…。まあそれはさておき、「訴えている慰安婦の人達が貧しい家の出身で教育が十分で無かった事」と日本軍の植民地支配とは直接的に関係があるのでしょうか?朝鮮は当時から(特に地方は)とても貧しく、十分な教育もなかなか受けられず、身売りなどの行為はザラに行われていたと聞きます(慰安婦の人たちの身の上がこのようなケースに当てはまるのかはわかりませんが)。日本の侵略行為がそれに拍車をかけたという事実はあるでしょうが、あたかも全てが日本のせいであるかのように言うのも単純であり、想像力が無いのではありませんか。それは「日本=悪」という悪い印象を与えるイメージ操作というものです。慰安婦らが貧しい出身だった事さえも日本の責任だと言うならば、それに対しても事実関係の検証が必要でしょう。

>歴史観なきディベイト好き人間に対して言えるのは、「無知は論拠にはならない」ということだけです。

ではあなたが「日本は有罪」と考える論拠はどのようなものでしょう。裁判所がそう言っているから、でしょうか?まずあれほどまでに説得力に欠ける部分についてあなたはどう思っているのでしょうか。それに上記のような文章からではこばさんの言う通り「慰安婦を少しなりとも救える未来をもたらすであろう判決に喜んでいるのか、自由主義史観ざまーみろ、といえる快感に酔ってるのか、判然としません」ね。


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