論考集3

チベット領有権をめぐる発言


本多勝一さんが文化大革命当時の少数民族政策を高く評価しておられることは他で触れましたが、その実態は想像を絶する迫害と侵略でした。もっとも、中国政府はチベットを自国の固有の領土と主張して譲りませんから自分たちが侵略をしたとは思っていないようです。本多さんはそれに同調なさるのかと思いきや、チベット「侵略」に反対しておられるのだそうです。

「私は中国のチベット侵略に対しても公然と批判している。」

(朝日新聞社『貧困なる精神第L集』第1刷「黒古一夫氏の哀しい『ヒロシマの50年』」181ページ---初出は『文学時報』第93号1995年11月25日号)

さてさて、弱りました。かつて(毛沢東健在なりしころ)本多さんは、次のように“チベットは中国の「国内」だ”と明言しておられました。

「以上の記述によって、探検という行為は常に侵略する側の民族に生まれ、侵略される側の民族からは出てこないことも、抵抗なく理解できるかと存じます。…エベレスト初登頂のヒラリーと、ネパール人シェルパのテンジンの関係についても、ペアリーと黒人の関係はあてはまります。…また、ひとつの国家の歴史の中でも、あときは侵略する側、あるときはされる側になることがあり、その好例として中国を見ますと、漢族自身の帝国『明』の最盛期には、けたはずれの大探検家・鄭和の如きが現われています。…近代以後の中国からは、どこかに探検隊が派遣された話は全くききません(中華人民共和国となってからの、国内のアムネマチン探検やエベレスト登山などは一応別問題とします。)」

(朝日文庫『殺される側の論理』第13刷「民族の歴史と夢の関係について」220〜222ページ---初出は山と渓谷社『現代の探検』第2号、1970年8月記)

チベットとネパールの境界地帯にあるエベレストが中華人民共和国の「国内」なら、当然チベットも中国の固有の領土ということになります。自国の領土内で軍隊を動かしても「侵略」とはいえません。

ひょっとしたら本多さんは、

“たとえ侵略によって他民族から奪った土地でも現在実効支配しているのだから中華人民共和国の「国内」とよんでいい”

と考えておられるのかもしれません。しかしそれなら、かつてイギリスもネパールを含むインド亜大陸を侵略した上「大英帝国」領土として実効支配していたわけだから、やはり「国内」ということになります。(“海を越えて侵略した領地は「植民地」だが陸続きに侵略すれば「国内」になる”などという屁理屈が通用するわけがありません。)そうすると、この「民族の歴史と夢の関係について」という文章の前提が崩れてしまいます。つまり、こと国外・国内の区分に関する限り、中国隊のエベレスト登山をヒラリーの登頂と「別問題」にする合理的な理由はないわけです。

さてさて、チベットは中国の一部なのでしょうか、それとも独立国なのでしょうか?


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最終更新日 1999/11/01 (Y/M/D).