本多勝一研究会重要文献解題

フォード米大統領記者会見録(1975年5月6日)

「ニューヨークタイムズ」紙1975年5月7日号第20面(同紙ニュージャージー最終版マイクロフィルムより)

文責:佐佐木嘉則

解説

サイゴン陥落から間もない1975年5月6日、米国のフォード大統領はホワイトハウスで合同記者会見を開き、その席で国内外の情勢(主としてインドシナ)に関して質疑を受けるとともに、インドシナからの難民受け入れに関して米国民の協力を要請した。この席でクメール=ルージュによる大量殺戮も話題にのぼった。

ここに注目!

政治にウソや誇張を含む宣伝はつきもの。これは常識である。世論に敏感なアメリカの政界では、特に宣伝に意が凝らされる。そもそもベトナム戦争の発端となったトンキン湾事件からして捏造だったことがあきらかになっているし、比較的最近では、ペルシャ湾岸戦争の直前にどこからともなくあらわれたクウェート人女性(後にクウェート大使の娘であることが露見)が「イラク軍の残虐行為」を語り、反イラクの方向に国際世論を誘導した。

どういうタイミングでそういう宣伝/世論操作が行なわれるかというと、上記の二つの事例も含め新しい作戦を開始しようという時(あるいは作戦の継続中)が圧倒的に多い。ところがこのフォード大統領の記者会見は米軍がベトナム・カンボジアから完全に撤退した後に行なわれている。「もうインドシナはこりごり」という国内世論を反映してか、アメリカはその後長きにわたってこの地域に陸上戦闘部隊を派遣していない。つまり、ここで「クメール=ルージュの虐殺」を捏造する政治的な動機が乏しいわけである。

デマを流すにはそれなりの人的・物的コストがかかる。ましてや、大統領が記者会見で断言したことがあとで誤報だとなると、発足早々のフォード政権には大きな痛手となる。それだけのコストを払いリスクを冒してまで、何のために根も葉もない「共産主義者による大虐殺」をでっちあげる必要があるのだろう。

しいて言えば、もしアメリカがデマ宣伝をするとすればその動機は「腹いせ」である可能性が最も高い。ところが、アメリカからみればクメール=ルージュよりもはるかに恨みの深いベトナムに関しては、フォード大統領は記者からしつこく水を向けられたにもかかわらず“大量殺戮の情報は得られていない”と否定している。(“今後起こる可能性”まで否定はしていないが。)したがって、単なる腹いせから「クメール=ルージュの大虐殺」を捏造した可能性が薄いことも1975年5月の段階ですでに判断できたはずである。

米政府発表を「素直に信用できない」というのと、「ウソと断定する」というのは全く別のことのはずなのだが、いきがかりにとらわれると判断が曇ってしまうものらしい。

読みどころ

赤字による強調は引用者による)

Q. You apparently had some intelligence report about a blood bath in Cambodia. I'm wondering if you can bring us up to date on anything in this area, in Cambodia, and whether or not there is any report of a blood bath in South Vietnam.

((拙訳:「【問】:政府はカンボジアにおける大殺戮の情報を得ておられるとの ことですが、同国内でのこれまでの状況をご説明いただけませんか。また、南ベトナムにおいては大量殺戮は行なわれているのでしょうか。」)

A. We do have some intelligence reports to the effect that in Cambodia some 80 or 90 former Cambodian officials were executed, and in addition, their wives were executed. This is very hard intelligence, yet, I think, very factual evidence of the blood bath that has taken place, or is in the process of taking place in Cambodia.

Now, turn to Vietnam. As you know, there is a very tight censorship in South Vietnam. The news that gets out is pretty heavily cotrolled by the South--by the North Vietnamese and by the Vietcong. So we really don't have the same kind of hard evidence that we have had in Cambodia in the instance that I've indicated.

But I think probably the best evidence of the probability is that 120,000-plus South Vietnamese fled; because they knew that the probability exixted that if they stayed their life would be in jeopardy. That's the best evidece of what probably will take place.

((拙訳:「【答】(大統領):80〜90人のカンボジア人官吏が処刑されその妻も殺されたことを示す情報を、我々は入手しています。これは、カンボジアにおいて大殺戮が既に行なわれたか、あるいは目下進行中であることを裏付ける確証と言えます。

一方、ベトナムにつきましては、南ベトナムではご存じのとおり厳重な検閲が行なわれております。国外に漏れ出る情報の厳しい管制が南--いえ、北ベトナムとベトコンによって実施されています。したがいまして、先ほどカンボジアに関してご報告申し上げました事例のような確証は得られておりません。

しかしながら、12万人以上の南ベトナム住民が脱出したであろうとみられております。と申しますのは、ベトナムにとどまれば生命の危険が生じる可能性があるであろうからです。このことが、今後生じるであろう事態を暗示していると思われます。」)

Q. I'd like to follow up on that. You say you don't have any hard evidence. Do you have any report--any intelligenee reports that indicate that the --

((拙訳:「【問】:その点についてもう少しおききしたいのですが、【ベトナムでの大量殺戮の】確証はないとおっしゃいましたね。いかなる情報も得られては…」)

A. "Not at the moment, we do not."

((拙訳:「【答】(大統領):現時点では、得られておりません。」)


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最終更新日1999/11/01 (Y/M/D).