本多勝一研究会重要文献解題

台湾沖航空戦・レイテ沖海戦報道

1944年(昭和19年)10〜11月

朝日新聞

(引用は安田将三・石橋孝太郎『朝日新聞の戦争責任─東スポびっくり!の戦争記事を徹底検証』太田出版より)

文責:佐佐木嘉則


解説

連合艦隊の主力を結集して戦局挽回を期したマリアナ海戦【1944年6月】に惨敗した日本海軍は、その後は一度として戦略的攻勢に出ることなく、ほとんどサンドバッグのように一方的に叩かれながらずるずると後退に後退を重ねついに降伏の日を迎えることになります。

もと連合艦隊作戦乙参謀として作戦計画の一線にあり、戦後はGHQ戦史室調査員としてプランケ博士の調査・研究に協力し膨大な戦史資料に接した千早正隆海軍中佐は、当時の戦況を次のように回顧しています。

「戦争の全般の経過から見て、日米両海軍の勢力が比較的に均衡を保っていたのはマリアナ戦までであり、それ以後は両軍の均衡は完全に破れ、米軍の一方的な追撃戦的な傾向が濃くなり、本書の目的から見て述べるべき価値が比較的に少なくなった…。このようなアンバランスの兵力をもってしては、勢いにはやる連合軍に正々堂々の戦法をもって渡り合うことは、もはや不可能であった。」

(『日本海軍の戦略発想─敗戦直後の痛恨の反省』プレジデント社 51/266ページ、赤字による強調は引用者による)

窮余の一策として禁じ手・特攻戦術をはじめて用いたのも、レイテ戦の時です。しかしそれでも、大本営はひたすら「勝った、勝った」と実際の戦況とはかけはなれた発表を重ね、新聞がそれを受けて大勝利ニュースを流していました。

ここに注目!

まさに「東スポもびっくり」の突撃ラッパに唖然!都合の悪い情報は全部「アメリカの虚偽宣伝」にしてしまうというのは…ウ〜ン、どっかでみたような。ハテ、どこだったかな?(もちろん連合国側もそれなりに情報戦はしていたわけですが、それにしてもこの記事はどういうことなのでしょう。)

読みどころ

(記事掲載後50年を経過して著作権が失効しておりますので、遠慮なく長文/全文引用いたします。赤字による強調は引用者によります。)


昭和19年10月16日朝刊
○○○○○○○○○○○○
○我ら劣らじ醜敵覆滅へ○
○勝鬨に大いなる祈り ○
○靖国の杜へ感激の足並○
○○○○○○○○○○○○

抜いた、斬った、やった、隠忍自重、堪えに堪えた伝家の宝刀一閃、遂に見よ、この胸のすくような大戦果、轟撃沈空母七隻、駆逐艦一隻、撃破炎上の敵艦合わせて十五隻、しかもなお戦果拡充中……。怒濤のような軍艦マーチだった。真珠湾以来の肩のこりがとれたような感動だった。ジーンと頭の芯にまで沁み入るような放送員の一語一語をしばし荘然と我を忘れて聴いた十五日午後の大本営発表だった。よくぞ堪えた、よくぞ自重した、よくぞサイパン、テニヤン、大宮島【グアム島】の将兵は笑って死んで下さった。(中略)思えばやっぱり、あの数々の玉砕は尊くも、いまこの決戦の秋にさきがけて、醜敵覆滅の血のいけにえであったのだ。
またしても怒濤のように鳴りわたる軍艦マーチにじっと耳を傾けつつ、ひとりでに涙は滂沱と流れて来る。群がる敵太平洋艦隊の弾幕の矢ぶすま衝いて、必殺の魚雷を抱いてまっしぐら、めざす敵空母に真一文字突っ込むわが荒鷲の姿がチラリと瞼の奥をかすめる。
(中略)期せずして靖国の杜へ、杜へ、感激の足並は戦果発表の午後三時過ぎからどっと神域へ雪崩のようにつづいた。苦しい銃後生活だった。だが、何もかもきょうこの日の感激が一切の胸の暗霧を払い去ってしまってくれる。玉砂利を踏みしめて神前へ急ぐ人々は素直に自問する。「銃後は敢闘したか」「前線の兵隊さんにたいして恥ずかしくはなかったか」−何もいわずに靖国の社頭に額ずいて人々は、ただ祈った。
参拝者の人波のなかに、日の丸の樫を肩にかけた若者がひとり、その後多に向かって「酔ってはならない。決戦はこれからなのだ」。人々は静かに自答した。
【写真は感激の日、靖国神社へ感謝の参拝】


昭和19年10月28日朝刊
○○○○○○○○○○○○
○赫々・相次ぐ戦果 ○
○フィリピン沖海戦 ○
○空母十五、戦艦一など○
○艦船二十七隻を撃沈 ○
○破我方尊き損害 ○
○空母巡艦等六隻 ○
○○○○○○○○○○○○

【大本営発表(昭和十九年十月二十七日十六壁二十分)】

十月二十四日より同二十六日にわたる彼我艦隊の比島東方海面の戦闘における戦果ならびに被害次のようである。

一、総合戦果

撃沈
航空母艦八隻巡洋艦三隻駆逐艦二隻輸送船四隻以上

撃破(損傷)
航空母艦七隻戦艦一隻巡洋艦二隻

撃墜
約五百機

二、我方の損害

艦艇
航空母艦一隻巡洋艦二隻駆逐艦二隻(以上沈没)
航空母艦一隻中破

飛行機
未帰還百二十六機

右の他、昨二十六日発表のように「レイテ」において戦艦一隻沈没、一隻中破の損害あり。

(注)本戦闘をフィリピン沖海戦と呼称す。


昭和19年10月28日朝刊社説
○○○○○○○○○○
○いざ、次の決戦へ○
○○○○○○○○○○

フィリピン沖海戦の総合戦果およびレイテ湾攻撃の新戦果が発表され、今次の決戦におけるわが勝利がいかに圧倒的であり、かつ決定的であったかを深く痛感せざるを得ない。今月中旬から展開された台湾沖航空戦、フィリピン沖海戦、レイテ湾強襲を連ねる一連の決戦において、敵太平洋艦隊は、主戦艦たる航空母艦だけでも撃沈十九隻、撃破十七隻という痛烈な損傷を蒙ったのである。その基幹兵力に受けた打撃が致命的なものであることは、米国戦争指導者の得意とする狡智な論弁をもってしても到底ごまかし得ない厳然たる事実であって、その焦燥困惑はまさに察するに足る。(中略)
この一大決戦が、いかに苛烈を極めた血戦であったかは、わが方【日本軍】もまた少なからぬ尊い犠牲を出している事実から見ても、容易に想見されるところである。相次ぐ決戦において、あれだけの打撃を敵に与えた以上、わが方にも相当の損傷があることは当然であって、この損傷と消耗を速やかに償い、来るべき決戦に備える補給戦に全力を傾け尽くすことこそ、前線への感謝、忠霊への最高の表現である。
レイテ島には、なお三個師【三個師団】の敵兵あり、これに対する補充作戦のため、米艦隊が新たなる行動を企図すべきは必然的であり、米艦隊の損失を償うために印度洋にある英艦隊が太平洋に廻航する可能性も濃厚である。局面はますます重大な段階に入るであろう。われらは、この戦勝の機に乗じ、あくまで究極の勝利まで、このまま押し切る心構えを固めねばならぬのである


昭和19年11月1日朝刊
神風賦 【戦前の天声人語】
敵の謀略宣伝はいよいよ出でていよいよ旺んである。チューリッヒ特電によれば、ルーズベルトが、作戦のみならず、大掛かりの宣伝戦をも、自ら采配を振るっているとのこと▼また、その宣伝の方法は、出動した日本艦隊の勢力、構成からその進路を示し、虚実こきまぜた戦闘経過を事こまかに述べるといったやり方で、とにかくも宣伝効果を挙げている▼正直にいうと、世界各国、殊に、中立国務では、彼等の逞しい宣伝力に全く眩惑された貌だ▼むろん、わが方としては、敵が何といおうが、敵の轟沈した艦船が、ふたたび浮かび上がって来るはずはないのだから、一々意に介する必要もなく、その虚偽報道に対して対抗宣伝をやることもない、が、宣伝方法そのものについては、この際考うべきではあるまいか▼寸毫【少し】も嘘をいわぬということは、人をしておのれを信類せしむる最善の手段に違いない。わが方は、あくまでもこの地道の方法を採るものである▼しかし、それにしても、戦果、すなわち、戦争の結論だけを並べるのと、戦闘は、かくかくの経過を辿り、かくして勝ったというのとでは、効果はまるで違って来る▼敵の誠しやかな嘘に対して、われは、簡素な表現ながら側々胸に迫るような真実の戦闘経過を述べるならば、虚偽宣伝の真実幻想に捉われた人々を救うことが出来る▼もちろん、戦闘経過は作戦上、詳報を許されぬものがあるであろう。その点を考慮しつつ好適なる宣伝法をたてる要がある。

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最終更新日2000/03/20 (Y/M/D).