リクルート接待疑惑を岩瀬達哉氏に書かれた本多氏が、激昂のあげく書いたのがコレ。
ふだん差別反対とか言っている人が、「売春婦=卑しい」という偏見を平気で公の場にもちだす神経!
(赤字による強調は引用者による)
「問題は、誤りを犯したこと自体よりも、その後の対応にある。詳細はいずれ発表するが、こうした手合いは、講談社の飼い主にカネで雇われた番犬・狂犬の類であって、よく卑しい職業の例にあげられる売春婦よりも本質的に下等な、人類最低の、真の意味で卑しい職業の連中である。」
上記の本多勝一さんの罵倒文句(まぁ、いつもの調子ですが)のうち、
という部分に私は特にひっかかりました。「売春婦よりも本質的に下等」
“売春婦とくらべられては岩瀬氏がかわいそう”と思ったからでは全くありません。むしろ性的産業に従事する女性に対する偏見・差別意識を露骨に公共の場で出す本多さんの姿勢が我慢ならないのです。これは女性の人格を冒涜する発言ではないでしょうか。【実際は男性が「売る」立場で売春をする場合もあるのですが、一々「女性/男性」と書くと繁雑で読みづらくなるのでここでは「女性」で代表することにします--この表記も「差別」か?】このように書くところをみると、本多さんは自分が確実に“売春婦より上等”だと思っているのでしょうが、朝日新聞の編集委員や雑誌発行会社の社長が売春婦より「本質的に」(法的にではなく)上等だと何を基準にして決められるのでしょうかね。
したがって、山下さんに教えていただいた本橋道宏氏の次の批判(『宝島』97年11月26日号のコラム)は誠に的を得たものといわねばなりません。
「週刊金曜日(10月3日号)である雑誌から自分が報道被害にあったと認識した本多勝一が,その雑誌の編集長と記者を『卑しい職業の例にあげられる売春婦よりも本質的に下等な,人類最低の,真の意味で卑しい職業の連中である』と書いている。本多はどうして『売春婦』の代わりに『福祉を食い物にする前厚生事務次官』とか『企業を食いつぶす総会屋』と書けなかったのだろう。……本多勝一のような人物こそ差別を助長するのである」
もっとも、本多さんの文章には
「よく卑しい職業の例にあげられる売春婦」
という名詞修飾節があって、
「オレが“売春婦は卑しい職業だ”と言っているのではない。世間がそう言っているのだ。」
と逃げがうてるようになっていますが、こんなのは何の言い訳にもなりません。本多さんがもし心底そういう偏見に反対しているのならこんな言い回しをこの文脈で無批判に持ち出すはずはない。「売春婦=卑しい」というマイナス評価を本多さん自身が当然視しているからこそ、「敵」である岩瀬達哉氏や鈴木哲氏(講談社"Views"編集長)を攻撃する文脈でそれを引き合いに出しながら“それよりもさらに卑しい…”という発言が出てくるわけです。恐ろしいことには、こういう差別的な表現というのは読者が何度も耳目にしているうちにだんだん自然に感じられてきて、自分で使うことに抵抗感が薄れてくる。つまり、マスコミ人が公開の場でこんな表現を無批判に使うたびにその普及に一役買っているわけです。
最終更新日1999/11/01 (Y/M/D).